コラムニスト【ヤスミン】による短編小説的連載企画。
日常のふとした瞬間を切り取り、おすすめの音楽を紹介していきます。
目次
月と金木犀
今日は少し遅くまで仕事をした。
フリーランスには就業時間なんてない。
キリのいいところが仕事のおわりである。
退屈から醒めた猫みたいな大きな伸びをひとつして、仕事場を出ると
気の早い秋の太陽はすっかりなりを潜め、空にはつやつやの金色の月が浮かんでいる。
おいしそうな金色。
むむ、、、オムレツがたべたい。
お腹がぐうっと返事をした。
卵を買って帰ろう、、、とスーパーへ向かって歩き出した瞬間にふと鼻先をかすめた甘い花の香りに引き止められる。
これは、、、
これは、、、
金木犀。
今年もこの季節が巡ってきた。
鼻を突き出しまるで腹を空かせた犬のように、
いや、挙動の不審な者のごとく立ち止まったままキョロキョロと辺りを見まわしてみるが金木犀の姿は認めない。
どこかの家の庭にひっそりと咲いている金木犀の香がふわりと、、、最近急に軽さを増した秋の空気に運ばれたのである。
金木犀の芳香はしっとりと甘やかでとても強い。
しかしどっしりと重さがあるわけではなく、深さがあるのにどこまでも透明だ。
そして、なつかしい。
香りは海馬に直接働きかけ、人の記憶を呼び起こすといわれるが、金木犀が何か私の特別な思い出に直結しているわけではない。
わたしはその透明で深く甘い香りを吸い込むと、漠然としたノスタルジーに囚われてしばし身動きがとれなくなるだけである。
甘くて懐かしくもすこしビターな感情がオートマックにわき起こり、ぶるぶると頭をふって現実に立ち帰る。
再度その場でキョロキョロとあたりを見回したが、やはり香りの主は見当たらずだ。
ふと見上げるとそこには静かにこちらを見下ろしている金色の月と足元に己の影がみえるのみ。
さ、今宵はは金色のオムレツを食べながら、モージズ・サムニーのアルバム「Aromanticism 」を聴こう。
透明でいて深く濃い。
どこか仄暗き深淵をのぞきこむごときなれど、どこまでも軽やかで天にまで到達しそうな伸びやかな金色の歌声。
金木犀の芳香を彷彿とさせるその彼の音楽は、きっと私を月へと誘ってくれるから。
コラムニスト ヤスミン
今回ご紹介のAlbumはこちら
2017年9月22日発売
moses sumney【Aromanticism】Jagjaguwar/Hostess
HSE-6484